おばあちゃんの話。
ばあちゃんとは同居してから8年半。

去年までは、80歳過ぎても毎日プールで泳ぐ非常に元気なひとでした。

しかし、今年に入って転倒して骨折してしまい、それ以来体力が急速に低下してしまいました。

それでも何とか自分の足で歩いてはいたのですが、先月、再び転んでしまい、一時期は歩けなくなってしまいました。更におねしょすることなどもあったため、睡眠時はおむつをすることも。

ばあちゃんはまだ現実を受け入れることがあまり出来ないようで。

転倒直後は「死にたい」と父につぶやいたこともあったのだとか。そのときは父と母がおむつを換えさせるのにも家じゅうに響く声で「痛い!痛い!痛い!助けて!!」と叫んでいました。俺は何もできずにただそれを聞いていただけなのですが、「えいし、洗面器持ってきて!」と父に言われたので、ばあちゃんの部屋に入ると、今まで見たことないような怯えた顔をしたばあちゃんがいました。俺は、動揺して洗面器を置いたらすぐに部屋を出てしまいました。

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ちなみに、ばあちゃんはもともと人に弱さを見せるのが苦手で、また「他人に気を使わせたくない!」という思いが人一倍強いのです。

例えば、転倒したときに顎を痛めたのでご飯が噛みづらそうなので母が「おかゆにしましょうか?」と聞いても、祖母は「(しなくて)いい!大丈夫!」と言いながらご飯をしんどそうに食べていました。昔からこんな感じではあったんですけどね。

20年前、耳が聴こえずらくなったときも、周りが補聴器を進め続けたものの、頑なに拒み、その結果耳がかなり遠くなってしまい、最近ようやく補聴器を買ったのですが、つけても効果はほとんどないくらい聴力が低下してしまったそうなんです。

父や母、おじさんたちは、

「もう少し素直になってくれれば・・・」

とため息まじりに言っていました。

「他人に気を使わせたくない!」

という思いは、度が過ぎると、結果的に他人に一番気を遣わせてしまうのかもしれません。時には素直に甘えることも必要なのかもしれません。

おむつの件は家族にやってもらうのは抵抗があるとは思うので仕方がないのですが、そのことを巡ってしばしばケンカになります。

ある日、父がおむつをつけようとしても、いつものように「大丈夫よ!」と言ってつけようとしなかったため、

父「いい加減にしてくれ!!しっかりやってくれよ!」

ばあちゃん「怒らなくたっていいじゃない!」

父「俺だってやりたくてやってるんじゃないんだ!」

ばあちゃん「あらそう、悪いございました!!」

父「なんだその言い方は!!俺を誰だと思ってるんだ!!」


みたいな怒鳴り声が聞こえてきました。

ゼミの先生に言ったら「ケンカできる元気があるならまだ安心していいと思うわよ」とおっしゃっていましたが。

父の言うことも時にはなかなか受け入れないので、ましてや嫁である母や孫である俺や姉は出る幕がありません。


特に、母は介護福祉士であるため、こういうときこそ力を発揮したいと本人は思っているのですが、祖母は父とおじさんの言うことしか基本的に聞かないし、父とおじさんも相談せずに何でも決めてしまうことが多いので、

「おばあちゃんの介護度に合わないベッドなんかどうして買うのかしら・・・一言相談してくれればいいのに。結局、おばあちゃんのためになってないじゃない」

「介護度の認定を決める日に化粧をさせなくても…「思ったより元気そうだ」って誤解されて低めに認定されちゃうかもしれないのに!」

「私の言うことは聞いてもらえないから、おばあちゃんが食べやすいご飯を作ることしか出来ないわ」と残念そうに言ってました。

とはいえ、介護のプロですから、母の存在はみんなにとって心強いものです。父と俺と姉は初めてのことでかなり混乱していますが、母が非常に冷静で落ち着いて行動しているので、バランスがとれている気がします。

そういうわけで、家を長時間留守にするわけにはいけない現状。ですが、俺と姉と母は仕事がありますので、父に家にいてもらうことがほとんどです。また、ばあちゃんは実の息子である父には良い意味でもそうでない意味でも感情をぶつけられるので、父の負担が結果的に一番大きいのです。

だから俺と姉に出来ることは、ばあちゃんのことを気に掛けることはもちろんですが、父と母を支えることも非常に大切だと思っています。今までは父と話すと、俺はささいなことでも反論してしまうことが多かったのですが、最近は父の話にしっかり耳を傾けるようにしています。溜まっているものを吐き出して、少しでも気楽になってもらいたいです。

でも、一番辛いのはばあちゃんです。80歳を過ぎてもクロールを悠々と泳げるひとだったので、周りからも健康であることを「すごいわね~!」といつも言われていたし、それが誇りであり、自信だったんだと思います。けれども、その自信がなくなってしまい、歩くのもままらない今の自分をすぐに受け入れろって言う方が無理なことなのかもしれません。

今の自分は、ばあちゃんの辛さをちゃんと理解してあげられていない。現実を受け入れていないのは俺の方なのかもしれません。

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しかし、ずっと泳いでいただけあり、ばあちゃんは半月で自力で歩けるようになりました。以前のようなスピードで歩くのは困難なので、新しく設置した手すりにつかまりながら、ゆっくりゆっくり歩いています。

新聞を読んだり、おしゃべりなどはいつも通り出来るので、コミュニケーションは今まで通りとれています。だから、友達と行った紅葉の写真を見せたり、一緒にご飯を食べるときはいつもより話かけたりしています。

また、ヘルパーさんの支援も受け始めたので、ばあちゃんや父の負担も少し減ったのだと思います。

それぞれの考え方や出来ることは違っても、

「ばあちゃんが少しでも元気に長生きをして欲しい」

というのは家族全員の願いであることには間違いないので、その思いを忘れずにお互いを支え合って生きていきたいです。今まで長年ばあちゃんは、父や孫である俺たちを小さなときから愛情たっぷりにずっと支えてきたわけで、今度は俺たちが支える番になった。そう考えると、これらはごくごく自然の流れなんですね。


長くなった&まとまっていませんが、あしからず。

おっつー!
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