俺が高校時代苦手だったもの―たくさんあるのですが、特に昼休みと弁当が苦手でした。

当時は人の目を見て話す事が出来ないくらい人見知りだったため、弁当を食べ終わると図書室や部室で過ごしていました。

そして、何よりも恐れていたのが母の手作り弁当。具体的にどんなものだったかというと、、

1.入学して初日の弁当
「ご飯・昆布巻き・梅干し」(晩ご飯の残り)

ご飯が弁当の大部分を占めていたので、まだ会話した事がない子から「ご飯が多いね」と笑われてしまいました…(-_-;)

成長期で、人一倍食欲旺盛な俺にとってはボリュームがなさ過ぎでしたね(苦笑)。

2.体育祭の日の弁当
「ご飯・もやしサラダ・ひじき」(晩ご飯の残り)

ヘルシー過ぎる!(苦笑)。あまりにも少ないのでドーナツを買った覚えがあります。

耐え兼ねてしばらくしてからボリュームを増やして欲しいとお願いしたものの、ワガママと捉えられて状況は変わりませんでした。

3.ある日の弁当
「ご飯・切ったカマボコときゅうりとハム」
足りない…(涙)。周りの友達の弁当とあまりにもクオリティに差があったため、隠して食べていたら、「なんで隠して弁当食べてんのー?」と突っ込まれてしまいました。

4.冬の弁当
「ご飯・おでん数品」(晩ご飯の残り)

今思うと当時の弁当の中では良い方でしたけど、友達が驚いていました。鞄がおでんのにおいになった思い出があります(笑)。

5.受験中の弁当

受験中は食べる事が数少ない楽しみでした。2段重ねの弁当を開けたら、

1段目が「高菜のチャーハン」。それは普通ですが、、





2段目の弁当箱にも、
「高菜のチャーハン」(笑)。不思議☆

6.いつかの弁当

「ご飯・おかず(何か忘れた)・ビスケット」

母曰く、ビスケットはデザートとの事(笑)。さすがにご飯とは違う入れ物でしたけどね。


お腹が空いてしょうがないので、同じ弁当を食べていた父に相談すると、

「俺は一度も文句言った事がないぞ。」

とやはりお前のワガママだと言わんばかりに取り合ってくれませんでした。

けれども俺は、母の弁当がまずいと思った事は一度もありません。ただ、質と量が足りなかっただけです。それに家で食べるご飯は彩りも栄養も良かっただけに、なんで弁当だけ手を抜くのかなという事が疑問でした。

姉に相談すると、「食べなきゃいいじゃん」との事。

ちなみに姉への弁当は、サンドイッチや肉・魚・野菜が彩り良くいれられた弁当。不公平だと思い、母に言うと

「あの子は弁当が気に入らないと、そのまま手をつけないで持って返ってくるか捨てるかだから、しょうがないでしょ」との事でした。

俺はどんなに弁当に不満があっても食べ物を残す事に強い抵抗があるので、残さず食べていました。だから、母はあまり気にしていなかったようです。

という訳で、2年生の一時期は基本的にパンやおにぎりを自腹で買って食べていました。

3年生の途中からは受験勉強で、食べる事が何より楽しみという事を理解してくれたので、徐々にボリュームがあり彩りも良い弁当になっていきました。その頃には昼休みも母の手作り弁当もとても楽しみになっていました♪授業中に弁当の事を考えてしまうぐらいだった気がします(笑)。でも残念ながらそうなったすぐ後にもう卒業でした。。

当時の俺は自己否定感MAXで過剰なくらい他人の目を気にして行動していました。だから弁当の見栄えにも相当他人の目が気になっていたんでしょうね。

現在は、自分で弁当を作っています。丼ものや麺類などかなり簡単なものしか作れませんが…(苦笑)。自分で作るようになって、毎朝弁当を作る事の大変さや母の料理の美味しさを改めて実感しました。

今では3年間弁当を作ってくれた事にとても感謝していますし、母の手作り弁当と昼休みが懐かしく感じます。今でもたまに作ってもらいますけどね♪

お母さんありがとう☆

おっつー!
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